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第4回 「油断大敵」

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ついにカリフォルニア州に到達した。州都サクラメントでは近郊に暮らす友人の家にお世話になっている。こんなにも安心して寝られるのは久しぶりだ。気が緩みすぎたのか、目を覚ますと正午を悠に回っていた。全く怠惰な旅人である。まさかこの気の緩みがのちに重大な事件を引き起こすことになるとは、このときは予想もつかなかった。

 友人に別れを告げ、再び自転車にまたがる。目指すはオークランド、バークレー。いわゆる「ヒッピー文化」の本場である。バックパッカーやヒッチハイクといったものに多少なりとも魅せられているタチなので、これらの街は絶対に外せない。

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オークランド、レジは二重のガラス越し(筆者撮影)

 結論から言うと、オークランドもバークレーも「治安が悪い」という印象。ファストフード店やコンビニエンスストアのレジは二重のガラス越し。どこに行っても警察官がいる。特に日没後は街中を危険な香りが漂っていた。今までに経験したことのない空気。不満が渦巻いている感じ、とでも表現しようか。

 寝床を求めてオークランド国際空港へと移動したのだが、これまでホテル代わりにしてきた空港とは訳が違った。空港内のセキュリティが異常なまでに厳格だ。自転車を持っているというだけで不審がられた。友人宅で汚れた衣服を洗濯し、伸ばし続けた無精髭も剃ったというのに。空港を追い出された二人の旅人は、豪雨の中、泣く泣く来た道を戻ってモーテルに泊まることにした。

 不審者扱いされて、空港で門前払い。冷たい雨に、体力は蝕まれていく。まさに最悪の状況。いったい何の修行をしているのだろうか。気が滅入りそうになってしまう。だが、こんなときこそポジティブに考えようではないか。若い時分にこんな経験をできて幸せだと。きっといつか笑い話になるはずだと。

 不思議なもので、潔く全てを受け入れることによって、人の心はすがすがしさにも似た充実感で満たされてしまう。自然と笑みさえこぼれてしまう。

 翌朝、目の前で「人が逮捕される瞬間」に遭遇した。手には手錠。ポケットから麻薬と思しきものが次々と押収されていく。呆気に取られ、ついつい観察してしまった。視線に気付いたのか、男はなぜか満面の笑みを浮かべてこちらに声をかけてくる。反省の色は一つも伺えない。――いいか、お前はポジティブに笑っている場合ではないぞ。

 衝撃的な逮捕劇で幕を閉じた「ヒッピー文化」の本場を巡る旅。次なる目的地はサンフランシスコ。西海岸有数の大都市の名に、胸がおどる。しかし、先述したようにどこかに気の緩みがあったのだろう。サンフランシスコは僕たちにとって「トラウマ」とも言うべき街になってしまった。

 今になって振り返ってみれば、サンフランシスコに到達したころには油断が僕たちの心を完全に支配していた。身体に蓄積している疲労感と、ここまでたどり着いたことへの達成感。そうしたものが油断を作り出していたのだろう。もはやポジティブというより、舐めきっていた。

 サンフランシスコは坂の多い街として有名だ。観光に自転車は向かない。油断しきっていた僕たちは、命の次に大切な自転車を駅前の広場に停めた。他にもっと良い駐輪場所があったにちがいないのだが、短絡的に「大丈夫」と決め込んでしまった。チェーンを柱にくくりつけて、半ば自転車を放置したわけだ。

 ひとしきり観光を楽しんだ。まさに疲労困憊。二人は差し込み始めた西陽を合図に一目散にモーテルへと駆け込んだ。そしてモーテルのWi-Fi環境という大海原で快適、そして呑気に過ごす。そういえば自転車を取り行かなくては。重い腰を上げ、駅前の広場へ向かう。

 自転車はもうそこにはなかった。破壊された鍵の残骸だけが、むなしく転がっている。

 ひとまず交番へ急ぐ。警察官に事情を説明するも「あんなところに停めるからだ」の一点張り。まあ間違いないだろう。「あんなところ」に自転車を放置した僕たちは紛れもなく大うつけ者だ。自転車の旅で自転車を失うという本末転倒ぶり。さてどうしたものか。喧騒の中、ただただ途方に暮れた。

(海老 桂介)


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